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来世と生の狭間で【日本一周予定地】

メンヘラ日常雑記ブログになると思います

世界全体のアドバンテージ

最近、お尻の穴がますます緩くなってきました

どうも、くさかべです。

 僕は自殺志願者であり友達もいない根暗な引きこもり野郎ですが、

人が幸せなところを見ると幸せになれます

 

こう思えるのは、自分を好きなところの一つです

変にひねくれないで良かったと

 

そりゃあ当然自分にないものを持っていたりすれば嫉妬もしますが、

それより幸せの「ほくほく」が強いです

楽しそうにしている人を見るとよい気持ちになれます

 

昔の僕は人を楽しくさせるのは僕でなくちゃならないタイプの人間だったので

根暗野郎なのに調子こいてふざけたりして正直言って疲れました

大人になったのでそれもなくなり孫を眺めるおじいちゃんになって

ほくほくした人生を送っています

 

リア充死ね」というネットスラングがありますけど

あれは冗談だから笑えるんですよね

ガチで言ってんなら正気を疑うね、人間種としての劣等はどっちだ?って

 

冗談でも言われるほうは堪ったもんじゃないですけどね(笑)

 

コンプレックス的な部分を妬みということも承知で吐き出せる

そういうのがネットだったのかもです

 

話が逸れてしまった

 

何が言いたいかって人の幸せを喜べるのは1の幸せを10にも100にもできる

とても素敵なことなんだと思います

 

だから人は沢山の人と楽しくワイワイ何かをして

幸せを共有したり増幅させたりしてる訳だね

 

僕には一緒に遊んだりする友達はいないのだけれど

人の「1の幸せ」を「2の幸せ」にすることはできるので

皆楽しく頑張ってほしい

 

逆に誰かの不幸で幸せになる人もいるかもですが

「1の不幸」で「2の幸せ」なら僕はそれでも良いと思います

 

でも「1の不幸」で「1より少ない幸せ」を感じる人は

ただのカスなので死にましょう、生きてる価値はありません

 

買う売るが好きです

僕の中では「価値0」のゴミが

他人の中では「価値100」かもしれないからです

これは世界が0から100を生み出しているので

アドバンテージの塊で幸せです。強欲な壷ですね。

 

勝負の世界なら誰かが幸せを得たことで零れ落ちてしまう人達もいるけれど

幸せの代替品を見つければいい

 

どうせ自分は自分、他人は他人なんだから

自分がどれだけ幸せかなんて他人にはわからないんだから

自分だけの幸せを手に入れて他人を見下すのも悪くない

 

見下すことを幸せに思っているのは良いことではないね

表に出しすぎなければ悪くもないんだけどね

 

そもそも幸せであることが人のすべてではないけどね

本当にどうでもいいけど、僕が幸せになれば僕は気分がいいから

それ以外に人が幸せになるのに理由はいらないや

 

 

まぁなんだかんだ言ってますけどもね

世界皆の幸せがが僕の幸せだから、できるだけ多くの人間の幸せを願う

ってことかな

 

おわり